Column

2019/07/18
ギャラリートーク「珉平焼きは民藝ですか?」
レポート

ガラス質が鮮やかさを際立てるコバルトブルーやエメラルドグリーンのプレート。しっとりとした質感が美しい白や黒地の深皿。このシンプルでのびやかなやきものは、淡路島に伝わる珉平焼きをルーツに作家・岡本純一さんが生み出した淡路島の美「Awabi ware」。

もとは現代アートを手がけていたという岡本さんは、武蔵野美術大学在学中に出会った柳宗悦の「民藝論」に感銘を受け、民藝の品の魅力に魅かれるうち、自分でも作陶することを考える。そこで地元の淡路島にUターンしたことを契機に、淡路島に伝わる珉平焼きをベースに創作活動をしている。

今回の展示のギャラリートークでは、岡本さんの「Awabi ware」とそのルーツである珉平焼きの古物とを合わせて展示したことをふりかえりつつ、民藝の品や珉平焼きが持つオーラが何なのか、そもそも「民藝」とは何なのか? をテーマに、元『民藝』の編集者・横須賀雪枝さんへ岡本さんが

――珉平焼きは民藝ですか?

という質問をぶつけるところからスタートした。

民藝はか細い光だった

横須賀雪枝さんは、18歳で倉敷本染手織研究所に入所。倉敷民藝館初代館長・外村吉之介のもとで、住み込みで民藝と手織りを学び、民芸店勤務を経て1994年からは日本民藝協会が発行する機関誌『民藝』の編集に8年間携わり、柳宗悦の民藝を「観る眼」を追体感している。

横須賀さんに投げられた「珉平焼きは民藝ですか?」の質問に

――民藝に入りたいですか?

と朗らかに答える横須賀さん。

民藝運動は大正末期、柳宗悦が暮らしの中で使われてきた日用品に「用の美」を見出した芸術運動。濱田庄司、河井寛次郎、バーナード・リーチなどの才能あふれる作家が参加し、高価で華美な美術品がもてはやされるなか、各地の風土から生まれた手仕事の日常品には「健全な美」が宿ると、新しい美の価値観を提唱した。それは時代が西洋化や工業化へ進む中、物質的な豊かさだけではないより良い生活とは何かを追求する思想運動でもあった。

横須賀さんの言葉によると、

――それを求めていた人たちにとっては民藝はものすごく明るい光だったけれど、細い細い光であって、当時の作家や美術家の大半は「あれは下手物」と思っていたんです。でも「これはすばらしいんです」と言って光を当てたのが柳宗悦であって、それに一生懸命ついていった人たちがいたということなんです。

珉平さんの方が民藝より古いのですが、もし珉平さんが生きていて珉平焼きが民藝と言われたら、『ふざけるな!』と言われていたにちがいないので、民藝と呼ぶ必要はないんです。

なので「珉平焼きは民藝ではない」というのが横須賀さんの答え。

民藝とは「ものづくり」に対する精神性、心の支えでもあり、ものの持っている美しさを見抜く目、直観力を高めることも民藝を理解する上で重要なことであるらしい。

民藝の基準とは?

――では、「Awabi ware」は民藝になりますか?

と、目を輝かせて大胆な質問する岡本さん!いつもきっぱりとした横須賀さんに、困った笑顔が浮かぶ。

民藝を説明するための民藝8か条というものがある。「安価であること」「日常の道具であること」「無銘性」「複数性」「地方性」「分業性」「伝統性」「他力性」。岡本さんは民藝を生み出すために実はこの8か条をきっちり守って、制作しているというのだ。

――民藝館や骨董市などいろんな道具を見て、民藝の纏っているオーラ、美しさそのものをつくりたいと思った。どうしたら民藝そのものを今の時代でつくれるのだろうと思った時に、この民藝の8か条を参照したんです。たとえば価格は、職人さんたちに費用を支払って少し利益が出るギリギリの価格に、原料はすぐそこにあるものを使うということであれば、インターネットで簡単に手に入る土を使い、エネルギーも薪を使いたいところを電気で焼く。自分がこだわりたいところではなく、民藝になる条件を当てはめた方法論をつくって制作している。

という岡本さん。そうしてつくったものの中で「自分として民藝に到達したと思った作品が一つだけできたので、それを見てほしい」と、展示の中から、白いマットな地のスープ皿ほどの器を横須賀さんに差し出した。「これが出てきた時、初めて使い手の立場で欲しいと思った」という。

「ああ、いいですね〜。使ってみたいと思います」という横須賀さんに、「どうでしょう、民藝ですか?」と詰め寄る岡本さん。

――今のものを審査する「日本民藝館展」という公募展があります。今の審査基準はわかりませんが、私が知っていた当時の審査基準からいくと、通らないかなと思います。民藝とは自然に出てくるものなので、自分を出さないということにこだわり過ぎていて、無機質にし過ぎと思います。ただ、民藝は柳が見た時にすでに古いものなので、この新品を毎日せっせと使って20年たった時にどうなっているかなというのも見てみたいです。

民藝館にある柳の蒐集品の主なものは「民藝」という言葉が生まれる前につくられたものです。「民藝」という概念を知ってしまってからそれを意識してつくるものはすでに民藝ではないともいえます。ですから「これこそ現代の民藝だ」なんてことは、どんなものに対しても言えないとも言えます。

現代に「民藝は可能か?」という実験

これに対して、会場から「岡本さんは陶芸家というより、現代美術家であって、『民藝は可能か』という実験をしているのでは?」という質問が上がる。

――「Awabi ware」をつくる方法論を民藝をもとにつくり上げている時点でコンセプチュアルアートというつくり方なんだと思うんですね。でもつくっているものは道具で、民藝をつくりたいと思っている。ただ、今までのどのような方法論でもあの美しさには辿りつけない。だからたしかに「民藝は可能か」という実験でなんです。まずはこの方法論で本気でつくってみようと思って、そうすると多少マシなものがつくれるんじゃないかなと。世の中には使い捨てのものが溢れているので、一つでも長く使えるものが生まれるといいなと思っています。実際に「Awabi ware」は普通に使えば10万年持ちます。

――責任重大ですね。

と横須賀さん。

――私の先生の外村吉之介は、昭和2年に柳宗悦が書いた『工芸の道』を読んで、牧師から民藝運動に入った人で、柳に「織物をやりなさい」と言われ染織の道を進んだ人でした。晩年「自分は柳宗悦に出会って民藝運動に参加して、一生これに尽くしてこられてこんな幸せなことはない」と奥様に毎日のように言っていたんです。

と横須賀さんが外村先生の在りし日を想い、声を詰まらせて語った言葉を聞いた岡本さんの感想が、今回の核心かもしれない。

――横須賀さんの話をずっと聞いて、民藝の美しさは道具の美しさだけじゃなくて、一生をかけてこれに尽くして人生を捧げる、そういう生き方も含めて『民藝』の美しさなんだと感じました。

文:鈴木佳子(き・まま編集部)

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