Column

2021/02/24
atelier bōc
「本のたね」レポート

atelier bōcは空想製本屋の作品制作部門として、この度の展示でお披露目されました。これまでの空想製本屋の受注制作や製本教室などの、相手がいる仕事に対して、atelier bōcは、手製本作家、としての創作となります。
手製本の技法に、草木染めや箔押し、活版印刷などを組み合わせ、おもに古い詩歌を編んで制作しています。読むだけでなく、生活のなかで飾ったり季節のしつらいとして楽しむことのできる本です。
閉じると本になり、開くとまったく別のかたちとなる6種の手製本をご紹介します。

たまつばき
玉椿とは、椿の美称のこと。椿をあらわす季語のひとつです。
玉椿、夕椿、紅椿、白椿、落椿…と椿をあらわす季語は多くあり、古くから歌に詠まれてきました。

この「たまつばき」は、今年の落椿を拾い集め、紙を染めています。
真紅の椿から、こんなにほんのりとしたピンク色に染まるのです。
開くと一頁ごとに、椿を詠んだ美しい句とともに花びらが浮かび、立たせて上から見ると一輪の花が咲きます。

ぬくうてあるけば椿ぽたぽた  種田山頭火
春雷やぽたりぽたりと落椿  松本たかし
花弁の肉やはらかに落椿  飯田蛇笏
椿落ちてきのふの雨をこぼしけり  蕪村

人から見れば、花は枯れればおしまいだと思ってしまいますが、椿は花が落ちても尚咲いているのだなと、椿を詠んだ句を読んで感じました。
まだ寒い時期から春を通して咲きつづけ、咲いた形のまま、ぽたりと落ちる。
古くから歌に詠まれてきたのが、詠みたくなるのがわかる気がします。

水の声
梅雨に楽しむことのできるオーナメントとして作られたのが「水の声」です。
身体のまわりに水の膜でもできたかのように、じっとりと重い梅雨。
そんな、つい不快としか思えない梅雨を、本間さんは水をいちばん感じることのできる季節と表現します。

水の声に耳を澄ましてみる。
空気中の水に自分も溶けてゆくようにイメージしてみる。
手を浸して作られた和紙を、ちぎり、綴じ合わせた「水の声」。

水の声を聴く。
からだに、空気中に、沁みわたっていく、水の声を聴く。

雨降る窓辺にゆらゆら吊るせば、すべてが水に溶け込んでいくかもしれません。

月の舟
月の満ち欠けは地球の影です。太陽の光が届くのを地球が遮って生まれる月の満ち欠け。
なんど聞いても、奇跡のようだなと思います。
古くから伝わる月の美しい和名や季語を、日々変わる月の形に添えて。

朔月 二日月 繊月 三日月 眉月 若月 蛾眉 五日月 宵月夜 上弦の月 弓張月 月の弓 月の舟…
十六夜月 いざよう月 居待月 更待月 亥中の月 下弦の月 二十三夜月 真夜中の月…

夜が暗闇だった頃から、煌々と明るくなった今でも、子どもも大人も、誰しもを魅了してしまう月。
「月の舟」は、手のひらの上で月に光や影を当て、月の満ち欠けを身体で感じられる本です。
今夜の月は、わたしたちになんと呼ばれてきた月かなと、月の舟をくるくるまわして見つけてみてください。

秋のポケット
秋のポケットの表紙は、桜の落ち葉染め、クヌギのイガ染めの二種類あります。
秋なのに桜なんだなと反射的に思いましたが、夏でも秋でも冬でも、桜はそこにあるんですよね。
桜の落ち葉染めはほんのりピンクみを帯びていて、やっぱり桜なんだなと愛おしい。

色とりどりで様々なかたちの落ち葉は、目に美しく、カサカサと耳に楽しく、秋のあいだ私たちを楽しませてくれます。
落ち葉の形をしたカードには、いまとおんなじ気持ちで落ち葉を眺めた、古人の言の葉が刷られています。

高きよりひらひら月の落葉かな  日野草城
落葉踏むやしばし雀と夕焼けて  渡辺水巴
待人の足音遠き落葉かな  蕪村

秋のポケットには空っぽのポケットがあります。
ぜひ今年の秋の落し物を拾って、これぞと思う落ち葉を収めてください。

星めぐり
星めぐりは閉じていると小さな本、開いてみても小さな本ですが、大きく開いて表紙と裏表紙をくっつけると、星そのものになります。
星や星座には、その一つ一つに古今東西、様々な伝説や物語が与えられていて、まるで夜空は大きな大きな物語絵本のよう。本から星へとかたちえを変える「星めぐり」は、なんとふさわしいかたちなのでしょう。

あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の  つばさ
あをいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ…

本の中には宮沢賢治の「星めぐりの歌」が収められています。
冬の室内に、小さな夜空の景色を。


雪は、音もなくしんしんと降りつもり、世界を真っ白に包み込む。
自分の家の屋根も、隣の家の屋根も、木の枝も塀も信号も石も、みんな白くなる。
真っ白でふわふわの羊毛紙の「雪」には、三好達治の詩が空押しされています。

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

白い羊毛紙に陰影として残る言葉は、まるで雪を踏みしめた足跡のようです。
どの家の屋根も白く包まれた、よく知ったはずの見慣れぬ町を、ぎゅっぎゅっと雪に足跡を残しながら歩く様が見えてきます。

atelier bōc「本のたね」は今週末2月28日[日]までの開催です。
最終日は13:00-17:00頃まで本間さんが在廊されます。
今回展示販売している作品はすべてウェブショップでも販売しています。
それぞれの詳細と、本間さんのキャプションが記載されているのでぜひこちらもご覧ください。

 

スタッフ:イイヅカ

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