「specter vol.42 新しい食堂」
「世界の有名シェフが語るマンマの味」
「基本調味料だけで作る毎日の献立とおかず」
「簡単!毎日楽しめる!スープの本」
ここ数年、書店の森の奥深くとでもいうべき生物や山の本のコーナーでは“マタギ本”、“猟師本”が小さな盛り上がりを見せました。ジビエなどの用語の流通も同様です。背景には生活と食事をとりまく人々の意識の変化がありましょう。都会から自然へ。自然に近づけば近づくほど、生(=食べること)と死(=食べられること)は近くなる。そしてこれまでよりもずっと強く、食事は体と、生きることに結びつきました。私たちがずっと忘れていたこと。
「spectator vol.42」、特集は“新しい食堂”。取材されている4つの食堂にある共通点とは、店主にとって、利用者にとって、食べることと生きること、それを楽しむことが強く結びついていることではないでしょうか。良い生活は良い食事から。材料の来歴に気を配り、時間をかけて調理する。盛り付けは美しく。食べた後に残るのは心理的であると同時に、身体的な満足感です。
新しさ・・・?2000年代生まれのティーンがある日ビートルズを発見するような新しさが、そこにはあったはず。そしてその発見はまた、かつて食事が行われた際の風景をも呼び起こすでしょう。いつもの!という注文、親心という名の大盛りライス、あの人はいつもこの席・・・。“食堂”を“親密”さと言い換えることもできるかもしれないと、ふと考えてみます。新しい食堂=新しい親密さ。場所の役割を、親密さを基準にして考えてみるのなら。ビートルズを発見したティーンがいつかストーンズをも発見するように。オー、ナインティーンシックスティナイン・・・
多くの人間にとって最初の親密な場所とは家庭であり、家族と囲む食卓です。「世界の有名シェフが語るマンマの味」は有名シェフたちの幼少期の記憶と好きだった食べ物を取材した本。“食べ物との関係はその人を語る。何をどのように食べてきたのかという歴史が、その人を形作ると言ってもいい”・・・ちなみに長嶋一茂のおふくろの味はレモンパイ、昔何処かで言っていました。
食事が私たちを形作るのであれば、レシピとは経験であり、物語であり、作品であり、秘法です。どの要素を強く打ち出すかが、料理人にとっての個性の一つとなるでしょう。さしすせそ、基本的な調味料を多用し、決め事の少ない角田真秀さんのレシピはプロフェッショナルな意識に裏打ちされていながらも、家庭的なおおらかさと親密さにあふれています。そして彼女もまた、日々口にするものが私たちを形作っていることを強く意識しているひとり。
太宰治の最初の小説集のタイトルは「晩年」(もう、これが、私の唯一の遺著になるだろうと思いましたから、題も、「晩年」として置いたのです。)、マンチェスターの4人組、ストーンローゼスの“若さとリズムとメロディの奇跡的な結びつき”と評されたデビューアルバムは「I wannna be adored(憧れられたい)」で始まり「I Am The Resurrection(ぼくは神様の復活)」で終わる。デビュー作にはその作家の本質が多く出るといいますが、角田さんの最初の単行本「基本調味料だけで作る 毎日の献立とおかず」はまさに所信表明といっても良い作品。そこには彼女の経験が惜しみなく注ぎ込まれているように思われます。
最新刊「簡単!毎日楽しめる!スープの本」のレシピの数々は、長く長く続く物語の段落のひとつひとつのように、食べた人をほっとさせ、今居る場所を先ずは舌の上に伝えることでしょう。10月7日(日曜日)、museumshop Tにてワークショップを開催、ハーブティーを使用したスープを作ります。ワークショップもまた経験と物語の共有であり分配。ぜひお越しください。